2025年M&A市場の潮流:DX、ガバナンス改革、および非公開化戦略
第1章:2025年M&A市場の全体像と主要な潮流
2025年市場概況:記録更新の勢い
2025年の日本M&A市場は、質・量ともに前例のない活況を呈しており、単なる景気循環的な回復を超えた構造的変革期に突入していることが確認されます。件数および年間総額のいずれの指標においても、従来の記録を大幅に更新する勢いを見せています。
具体的には、2025年9月時点の統計データによると、M&Aの件数は132件に達し、これは過去最多の数字です(前年同期比+17件)。さらに、年間総額も9月時点で既に過去最高を更新しています。第3四半期までの実績で通年記録を上回るこの動きは、単に件数が増えているだけでなく、EQTによるフジテック買収やパロマ・リームホールディングスによる富士通ゼネラル買収など、1取引あたりの買収金額が大きい「メガディール」が市場を牽引していることを示唆します【1】【2】。
この記録的な市場活性化は、企業が内部成長だけでは間に合わないという認識を強め、M&Aを「緊急の戦略的投資」として捉え始めたことの反映です。企業は、迫りくる構造的危機や産業の変革期に対応するため、スピードを最重視し、M&Aを通じて必要なリソースを外部から取り込んでいます。
2025年M&A市場活動統計(9月時点)
| 指標 | 件数 | 前年比増加数 | 総額 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| 2025年9月累計 | 132件(過去最多) | 17件増 | 9月時点で過去最高 | 第3四半期で通年記録を上回る【1】 |
2025年を定義する三大戦略的潮流
2025年のM&A市場は、以下の三つの構造的潮流によってその性格が決定づけられています。これらは、日本企業がグローバル競争力、技術革新への対応、および持続可能性を確保するための不可避な課題解決策としてM&Aを選択していることを示しています。
- DX駆動型M&A(競争力の源泉)
デジタル社会の進展に伴い、IT業界の市場規模は2025年に約30兆円まで拡大すると予測されています【3】。一方で、すべての産業が直面するDXの要請、そして「2025年の崖」に代表される深刻なIT人材不足が、M&Aを加速させています【3】。企業は、自社開発に時間を費やすことなく、即戦力の技術力・開発基盤・優秀なエンジニアチームをM&Aで一挙に獲得することを目指しています【3】。 - ガバナンス改革と非公開化(長期変革)
PE(プライベート・エクイティ)ファンドによる大型TOB(株式公開買付け)や、経営陣が参加するMBO(マネジメント・バイアウト)が増加しています。これは、上場企業としての短期業績プレッシャーやコーポレートガバナンス上の課題から離れ、長期的な成長戦略や大規模な研究開発(R&D)投資に集中的に注力するための動きです【2】。スウェーデンのPEファンドEQTによるフジテック買収(約4,078億円)は、その典型として市場に大きな影響を与えています【2】。 - 構造的事業承継(供給要因)
IT業界を含む多くの産業で創業社長の高齢化に伴う事業承継問題が深刻化しています。帝国データバンクの調査では、IT企業の経営者の約3割が60歳以上を占めます【3】。親族・従業員への承継が困難な場合、M&Aは事業継続の有力な解決策として機能し、買収側にとっては成長に必要な技術・人材を確保する供給源としての役割を果たします。この構造的要因が、M&A件数の持続的な増加を支える基盤となっています【3】。
第2章:マクロ環境とM&A活動の活性化要因
グローバル市場環境の安定化と戦略的M&Aの再始動
2025年の活況は、国内要因だけでなく、グローバルな経済環境の変化にも後押しされています。これまで世界のM&A市場の成長を抑制してきた高金利や地政学的リスクといった要因が、解消に向かう兆しが見られます【5】。
2024年、世界のM&A市場は不確実性の影響で停滞しましたが、企業の戦略的変革ニーズは水面下で蓄積。環境の安定化に伴い潜在需要が一気に掘り起こされ、世界のM&A市場は再び上昇基調に転じつつあります【5】。この動きは、日本のM&Aが内向きの承継対策から、グローバル競争力を意識した戦略的ディールへ軸足を移していることを示唆します。一方、政治的な不確実性などの「ワイルドカード」が市場に影響を及ぼす可能性には、引き続き注意が必要です【5】。
国内におけるM&A増加の構造的要因
① DXの緊急性:競争力を維持するための時間との闘い
全産業でデジタル技術導入と業務改革(DX)が必須となり、自社でゼロから技術・人材を育成するには時間がかかり過ぎます。このため、M&Aを通じて必要なIT技術・人材を迅速に獲得する「時間短縮」戦略が急増しています【3】。
② 事業ポートフォリオの見直し:産業変革への適応
自動車・製造業など多くの伝統産業が大変革期に直面。コア事業への集中と、隣接成長市場への戦略的参入が必須です。例として、給湯器大手パロマ・リームホールディングスによる富士通ゼネラル買収は、相互補完シナジーと北米など海外市場での販売拡大を明確に狙ったポートフォリオ戦略です【2】。
③ 日本特有の事業承継問題:廃業リスクの回避と成長継続
中小IT企業では創業者高齢化が進み、後継者不足から廃業リスクが高まっています。M&Aは、親族・従業員への承継が困難な場合でも事業継続・雇用維持・技術承継を可能にする有効な手段です【3】。
第3章:デジタル・トランスフォーメーション(DX)駆動型M&Aの深化
IT業界の市場動向とM&Aの戦略的役割
IT業界は、DXの本格普及、クラウド浸透、AI・IoT等への投資拡大により急速に市場規模を拡大。2020年約20兆円 → 2025年約30兆円への拡大が予測され【3】、関連M&Aの活発化を強く後押ししています。技術の陳腐化サイクルが短縮する中、M&Aは先進技術・開発基盤・ノウハウを短期間で獲得するためのテコとして機能します【3】。
深刻化する人材不足と「2025年の崖」問題への対処
DX加速に伴う最大の課題は人材不足です。2025年までに最大約45万人のIT人材が不足すると予測され【3】、M&Aは優秀なエンジニアチームや専門人材を一括確保する最短ルートとなっています。評価軸は財務シナジーのみならず、人材・技術シナジーへと拡大。もっとも、異業種がIT企業を買収する際には、PMI(統合)における文化融合・モチベーション維持といった課題への慎重な対応が不可欠です【3】。
IT業界におけるM&Aを駆動する主要因(2025年予測)
| 駆動要因 | 背景となる課題 | M&Aによる解決策 | 関連データ |
|---|---|---|---|
| DXのフルスケール普及 | 競争優位確保、技術陳腐化リスク回避 | 先進技術の迅速獲得、短期的な企業価値向上 | IT市場規模 2025年 約30兆円予測【3】 |
| 深刻な人材不足 | 「2025年の崖」、高度人材の採用難 | 優秀なエンジニアチームの確保、即戦力化 | 2025年までに約45万人不足予測【3】 |
| 事業承継問題 | 創業者高齢化、親族・従業員承継の困難 | 事業継続の確保、技術・顧客基盤の統合 | 経営者の約3割が60歳以上【3】 |
異業種M&Aの活発化とその戦略的意図
近年、異業種からIT企業への参入、すなわちクロスインダストリーM&Aが急速に活発化しています【3】。伝統的企業がDXを喫緊課題として捉え、必要なIT技術・人材を迅速かつ大量に取り込む目的で積極的にIT企業を買収。DXを急ぐ需要側と、承継課題を抱える供給側が結びつくことで、構造的にM&A件数を押し上げる市場が形成されています【3】。
第4章:経営改革・事業ポートフォリオ見直しとしてのM&A:非公開化戦略
2025年の重要な特徴の一つは、PEファンドやMBOによる「非公開化」を伴うディールの増加です。これは、上場企業が短期的な市場プレッシャーから離れ、ガバナンス改革や長期的な構造転換を実行する動きを反映しています。
ガバナンス再構築とPEファンドの役割
PEファンドは、単なる資金提供者ではなく、日本企業が抱える構造的経営課題の解決者としての役割を強めています。EQTがエレベーター・エスカレーター大手フジテックをTOBで約4,078億円で買収した事例は象徴的です【2】。目的は、非公開化の下でガバナンスを立て直し、成長戦略を強化すること【2】。上場企業の短期圧力や株主との対立を、外部の知見と資金力で解決し、長期的な企業価値向上を目指すモデルです。TSEのガバナンス改革の進展も、こうした市場外プレイヤーの介入を促しています。
また、米ベインキャピタルによるジャムコの約1,000億円買収も、ノウハウと資金を活用してコロナ禍で悪化した財務を立て直し、事業拡大を図るターンアラウンド投資の典型です【2】。
MBO(経営陣による買収)による非公開化の増加
MBOは、経営陣が長期戦略を実行するために外部圧力から距離を置く「経営の防波堤」として増加しています。自動車用バルブコア大手太平洋工業は、約1,100億円のMBOにより非公開化を発表【2】。EV化など100年に一度の変革期において、短期プレッシャーに左右されずR&D投資に集中**する狙いが示されています【2】。
従来の戦略的買収:相互補完による成長
一方で、従来型の戦略的シナジー追求M&Aも大規模に実行されています。給湯器大手パロマ・リームホールディングスによる富士通ゼネラル買収(約2,560億円)は、住宅設備分野での高い補完性を活かし、特に北米など海外市場での販売拡大を狙う明確なポートフォリオ戦略の事例です【2】。これは、内需停滞下で製品ポートフォリオの完成と地理的拡大の加速を同時に実現する手段であることを示しています。
第5章:2025年主要M&A事例の詳細分析:戦略的洞察
2025年の大型ディールは、「戦略的シナジー追求型」と「構造的変革追求型」に二極化し、日本企業が直面する課題の多様性を反映しています。
2025年注目M&A事例:戦略的目的と非公開化動向
| 買収側/投資主体 | 対象企業 | 時期 | 買収金額(約) | 戦略的背景 |
|---|---|---|---|---|
| パロマ・リームHD | 富士通ゼネラル | 2025年1月 | 2,560億円 | 相互補完による成長、海外市場(北米)拡大【2】 |
| EQT(PEファンド) | フジテック | 2025年7月 | 4,078億円(TOB) | 非公開化、ガバナンス再構築、成長戦略強化【2】 |
| ベインキャピタル(PE) | ジャムコ | 2025年1月 | 1,000億円 | 再生支援・経営強化【2】 |
| 太平洋工業(MBO) | 太平洋工業 | 2025年7月 | 1,100億円 | 非公開化、EV変革期におけるR&D集中【2】 |
海外市場開拓と戦略的補完性:パロマ×富士通ゼネラル
約2,560億円の大型買収は、既存事業の補完と市場拡大を目的とした水平的M&Aの成功例です【2】。住宅設備という共通顧客基盤を持ちつつ、製品ポートフォリオや主要販売地域が異なる両社は、協業によって相互補完性の最大化と海外販売網の共有・拡大を図り、クロスセル効果と成長加速を目指します【2】。
ガバナンス改革を伴う非公開化:EQTによるフジテック買収
EQTによるフジテックのTOB(最大約4,078億円)は、2025年の質的変化を象徴する事例です【2】。目的はガバナンス再構築と非上場化による迅速な意思決定。エレベーター市場の競争力回復や株主対立などの課題に対し、外部資本が改革を主導し、長期視点の集中投資と構造改革を可能にします【2】。
変革期における集中戦略:太平洋工業MBO
約1,100億円のMBOは、外部環境の急変に対応する防御的M&Aの典型です【2】。EVシフトを含む自動車業界の歴史的変革期に、短期業績プレッシャーを回避し、経営陣の責任で長期的な技術戦略に集中するための選択であり、規模拡大よりも集中と変革を優先した意思決定です【2】。
第6章:結論と今後のM&A市場の展望
2025年M&A市場が示す構造的変化の総括
2025年のM&A市場は、件数・総額の記録更新に留まらず、M&Aが日本企業にとって「成長手段」から「構造変革と生存の必須ツール」へと進化した年です。グローバル競争、技術革新のスピード、国内の構造的課題(DX・事業承継・ガバナンス)が、短期的業績を犠牲にしてでも長期競争基盤を構築することを迫っています。特に、DXの緊急性と事業承継が交差するIT業界のM&A、およびPE・MBOによる非公開化を通じた長期変革**が、質的変化を牽引しました【2】【3】。
今後のM&A市場の展望と企業が取るべき戦略的行動
- DX・人材確保の圧力は持続
IT人材不足(約45万人不足予測)は構造的で、短期解決は困難【3】。技術獲得だけでなく、優秀なエンジニアチームの採用手段としてのM&Aを継続検討。 - 変革と非公開化の加速
自動車・電機・インフラなどの変革産業では、MBOやPE連携による非公開化が合理的選択に。長期R&Dや事業構造転換を推進。 - PMI(統合)の難度上昇
異業種M&Aの増加で、文化融合・人材定着などソフト面の統合が成否の鍵。ディール前から統合計画と文化戦略に十分な経営資源を投入。
引用文献
【1】株式会社ストライク「【2025年9月 M&A統計】件数は132件(17件増)で過去最多、年間総額は9月時点で過去最高を更新」PR TIMES(2025-10-20アクセス)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000291.000034249.html
【2】Fundbook「【2025年版】M&A事例と動向」(2025-10-20アクセス)
https://fundbook.co.jp/column/understanding-ma/ma-case-study-2025/
【3】CINCキャピタル「IT業界のM&A動向(2025年)メリット・デメリット/事例/成功のポイント」(2025-10-20アクセス)
https://cinc-capital.co.jp/column/industry/ma-it
【4】M&A Online「【2025年IT・ソフトウエア】旺盛なDX需要でM&A盛んに、AIにも注目」(2025-10-20アクセス)
https://maonline.jp/articles/itsoft20241225
【5】PwC Japan「2025年上半期最新情報 世界のM&A業界別動向」(2025-10-20アクセス)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/dealsinsights/deals-trends2025-mid-year.html
