創業1946年・ハートスHDが伴走者と歩んだ、PMI(買収後統合)の2年間— 株式会社ハートスホールディングス 代表取締役 前田 征道 氏 × 日本PMIサポート協会

創業1946年、関西を拠点にイベント・空間演出を手掛けてきた株式会社ハートスホールディングス。同社は2024年3月、株式譲渡により、東京で20名規模ながらキャスティングとイベント企画制作を強みとする株式会社ジャプロをグループ化しました。ハートスホールディングスにとっては、2度目のM&Aです。

本事例では、日本PMIサポート協会の後藤と青栁の2名が、2024年6月から約2年にわたり、ハートスホールディングスとジャプロの統合に伴走してきました。本稿では、買収の意思決定から統合の格闘、そして現状までを、前田社長と協会との対話形式でお届けします。

目次

第1章|「もらう仕事」から「作る仕事」へ

協会 なぜ、M&Aに踏み切られたのですか。

前田氏 以前から、下請け型の業務には限界があると感じていました。クライアントから仕事をもらい、そのバジェットの中でやっているだけでは、いつか売上高・利益率の天井が来る。仕事を「もらう側」だけではなく「作る側」にも回らなければならない、という思いを強く持っていました。

ただ、社内にそういった思考のメンバーが多数いる会社ではなかった。経営人材を内部から育てようとしても「現場を極めたい人」と「経営をしたい人」は、思考が基本的に違うんです。それなら、経営に必要なピースは、中途即戦力採用やM&Aで外部から獲ってくる手法も必要である、そう考えてM&Aを選択肢に入れました。

協会 数あるなかで、ジャプロを選ばれた理由を聞かせてください。

前田 当初狙ったのは、2点です。

一つ目は、集客領域における強みです。コロナ禍が明けて、現場で人を集められる力は強いな、と感じていました。これからの時代は「体験価値」への移行が進み、人を集める領域の価値は、ますます高まります。その引き出しは、ぜひ持っておきたい、と。

二つ目は、若さです。当社には、専門領域を志望する若手は来てくれるのですが、企画・制作・運営を志望する4年制大学卒の若手は、なかなか採れない。その層が、ジャプロには主要都市エリアで一定数在籍していました。20人規模の会社なのに、新卒が数名いる――その会社の名前と実績は強いんだな、と感じました。

第2章|伴走者を選ぶ ─ 11社から2社、そして

協会 そもそも、なぜ「PMI」に外部の支援を入れようとお考えになったのでしょうか。

前田 正直に言うと、それまでPMIという言葉も、その概念も、知りませんでした。M&A仲介会社から「PMIというものがある」と教えてもらったのが、クロージングの直後です。

説明を聞いた瞬間に、「これは、片手間でやれるものではない」と直感しました。買収はしたものの、二つの会社をどう統合し、社員をどうまとめていくのか――その専門性が、自分自身には決定的に欠けている。概念を知ったことで、初めて「専門家の力が要る」とはっきり分かったんです。だからこそ、すぐに外部の支援者を探し始めました。

協会 PMI支援を外部に依頼すると決めた時、どんな観点で候補を選ばれましたか。

前田 まず、一社だけで決めてはいけない、と考えました。PMIというものを、自分なりにそれなりに勉強もしました。

仲介会社からは系列のPMI会社を紹介されたのですが、仲介とPMIを同じグループに任せることには「マッチポンプ」のような違和感がありました。「自分たちで問題を起こして、自分たちで解決する」構図になりかねない、と。またはグループ会社の落ち度を発見しても、指摘しづらいので、大切な問題が伏せられたままになる可能性も考えました。そういった観点から、マッチングサービスを使って、「一度、いろいろな方の話を聞いてみよう」と飛び込みました。

協会 何社に声をかけ、最終的に何社のプレゼンを受けられましたか。

前田 最初は11社くらいでした。そこから、最終的に2社が残ったと記憶しています。

協会 最終的に私たちに決めていただいた、最大の理由は何ですか。

前田 お二人のキャリアを見て「面白いな」と思ったこと。それに尽きます。

青栁さんは大手広告代理店の出身で、イベント業界への造詣が深い。相手の会社のことを一から理解するには時間がかかりますから、業界の前提知識があるのは大きいと感じました。一方で後藤さんは、M&A・PMIのプロで、実務周りに強い。ジャプロは管理部門や労務面にも課題を抱えているのが見えていたので、お一人ではなく、複数名でパートナーシップを組んで、事業戦略部門と管理部門の双方を見てもらえる――その引き出しの広さも、決め手でした。「アクセルとブレーキ」「前輪と後輪」と言えばいいのか、両方をしっかりやっていただけると感じたんです。

協会 私たち二人の組み合わせを見て、どう感じられましたか。

前田 絶妙なペアリングだと感じました。青栁さんは、イベント業界の現場はなんたるかをよくご存知だった。一方で後藤さんは、管理・実務のプロ。

役割分担をされていて、結果的に、青栁さんと事業担当幹部、後藤さんと管理担当幹部、というペアリングが自然にできていきました。「あ、もう自走してくれているな」と。ここはお二人に何の不安もないので、もう実走してくれている、という感じです。

加えて、初動のヒアリングからの入り込み方、ジャプロ社員への食い込み方が「見事だな」と感じた。これは長くやってもらえる、と思った。それが、契約を継続している理由でもあります。

第3章|決断の重さ

協会 M&Aを最終決断される瞬間、最も迷われた論点は何でしたか。

前田 迷うことは余りなかったですね。

ただ、振り返ると、一つ判断ミスだったなと思うのは、従業員に会わなかったことです。「事務所はNG」「とりあえず社長だけでお願いします」と、M&Aアドバイザーに止められた。デューデリもインタビューも協議も、すべて仲介会社の都内オフィスでやる形式で、現場の空気を一切見ずに進んでしまった。スムーズに進めるためには範囲を広げない方がいい、という理屈は分かるのですが、今思えば、事前にキーマンとは会うべきでした。

だから「次にやるなら、絶対に現場を見に行く」と決めています。見に行って破談になったら、その方がよかった、と痛感しています。M&Aを進める側には「買うバイアス」がかかる。「この会社は買いに違いない」と思い込んでしまうんです。

第4章|統合の現実 ─ PMIで何が起きたか

協会 統合プロセスで、最も時間とエネルギーを使われた領域はどこでしたか。

前田 主要メンバーが辞めていったタイミングですね。複数のキーパーソンが辞めた時には、「これは、もしかしたら空中分解するかもしれない」という不安がよぎりました。

途中から、ある程度キャッシュはあるので「最悪、こけたら仕方ない」と腹を括りましたが、「転んでもただでは起きない」と決めて走りました。

加えて、当時は私自身が、ジャプロの社員ときちんと向き合えていなかった。「この人たちは、一体何を考えているのか、どんな人たちなのか」が見えなかった。新年度を迎えるにあたり、M&Aから半年ほど経った頃に、幹部社員だけではなく初めて全社員説明会を行ったんです。会ってみたら、素直でいい社員たちで、なおかつお二人がしっかり刺さってくれていたから、「あ、これは大丈夫だな」と感じました。

協会 統合の過程では、人材の入れ替わりもあったかと思います。残ったメンバー、新たに加わったメンバーに、社長としてどう向き合ってこられましたか。

前田 「正しいことを正しくやろう」と、ずっと言い続けています。それをジャプロのメンバーにも理解してもらえれば、環境改善にもすぐ繋がる。

「ここで頑張れば、次のステージはこうだよ」というキャリアプランを示していって、「自分を成長させたい」と思ってくれるようにしたい。それを私たちが示していければ、と。

加えて、協業して同じ現場を作っていく中で、「こんな頼もしい仲間が近くにいるんだ」「お互いの顧客を紹介し合おうかな」という気持ちが増えていけば、ありがたい。その第一弾となる協業案件も、走り始めています。

協会 私たちそれぞれは、社長から見て、どんな立ち位置で関わっていたように見えていましたか。

前田 「固める人・攻める人」で、絶妙でした。

青栁さんは、現場のなんたるか、「よく分からない世界」を、一番ご存知だった。私たちも「これは何だ」となるような世界の理解度は、やはり青栁さんが一番だったと思います。

後藤さんは、M&AのプロでありPMIのプロ。実務周りや管理部門の理解の高さは、長く積み上げてこられたキャリアそのものでした。

役割を分けてくださっていたので、結果的に、当社幹部とも事業側ペア、管理側ペアという、自然な布陣ができました。今ではもう、お二人が、管理部門の幹部と、事業部門の幹部と、それぞれ回してくれている。お任せ、という感じです。

協会 私たちに「もっとこうしてほしかった」と思われたことはありますか。

前田 私もストレートに言う方なんですけど、特に「これをもっとやってほしかった」というのは、ないですね。来年統合するので、幹部の会議はなくしましたが、それまで立ち上げてくれて、ワンオンワン的なこともやってくれていた。

強いて言えば、人材育成・研修の体系化です。あの会社は若かったから、「仕事とは何か」「ビジネスの基本ルール」というところを、もう少し体系立ててやれたら良かった。ただそれは、お二人の責任ではなく、私の、全体のお膳立てができていなかった、という話です。

もしベテランの多い会社だったら、トップだけでなく中間層や若年層のマインドセットを揺さぶるプログラムが必要になるかもしれません。「M&Aを腹落ちさせる」ようなプログラム。上から一方的に話すだけでなく、ライブで参加者が触れていくような機会があれば、面白いかもしれません。

協会 もし私たちがいなかったら、この統合プロセスは、どう違っていたと思われますか。

前田 仲介会社にそのまま頼んでいたら、半年で表面的に終わって、継続もしていなかったと思います。もう一度、別のところを探したような気がします。

ピンポイントのワンオンワンでは、退職者の問題に対応することは、できなかったでしょう。仲介会社は、あくまで仲介の立場で動いていたので、前社長に腹落ちさせるところまでは行ったけれど、PMIの観点ではなかった。

慌てて別のところを探していたと思います。今回の刺さり方だと、「もっとお金がかかる」と言われたかもしれない。想定外のところまで踏み込んで、コミットしてくれたのは、本当にありがたかったです。

第5章|見えてきた景色

協会 ジャプロの登録スタッフ網は、グループ全体にどんなインパクトを与えそうですか。

前田 「イベントには人(キャスティング)が必要だ」というのは、ずっと思っていたことで、これまで自社グループにはなかった機能です。全くイメージしていなかった機能が入ることで、本業と繋がる横軸の広がりを、追求できるようになる。

これから、営業担当が「この機能を使えば、仕事の幅が広がる」と理解してくれれば、ありがたい。それを示す事例がすぐある――直近の協業案件などです――ので、ここで「あ、やってよかった」と現場が体感してくれれば、一気に広がるはずです。

仮に下請けになるとしても、横方向で一気に仕事を取れるようにする。横の領域を広げると同時に、縦――上位の案件――にも挑戦していく。縦と横の両方をやっていくことが、重要だと考えています。

協会 数字以外で、M&Aをして良かったと感じられる変化は何ですか。

前田 これからの部分が大きいのですが、二つあります。

一つ目は、幹部社員の成長です。元々力量のある社員ですが、本業で見せる取組みとはまた違った姿勢で、コーチングとティーチングを切り分けてジャプロ社員の成長を促進していたと思います。直属の部下には厳しい姿勢を見せる場面もあるけれど、ジャプロでは年齢的にも離れていることもありソフトな対応を心掛けているように見え、指導の幅の広さという、新たな発見がありました。

二つ目は、ジャプロ社員の自走です。「答えがどれか分からない」という状態だった社員が、今は「あるべき答えはこっちだ」と丁寧に説明することで、腹落ちが進んでいる。みんなにとって、良い方向に変わっていっていると感じます。

協会 ジャプロ社員と、ハートス本体の社員の関係性は、どう変化していますか。それをどのような方向に向かわせたいですか。

前田氏 本体側の社員がジャプロで勤務できるようにもしていますが、一体化が進んでいて「ジャプロに勤務していても馴染みすぎていて気付かなかった」というくらい馴染んでいる場面に遭遇しました。

あと、ハートス、ジャプロの内部発注(相互発注)も増やしていきたい。当社営業担当は業務では手堅い布陣を構築しがちで、若手にチャンスが回りにくいんです。キャリアのある社員で固める現場になりますので。失敗は基本的にだめですが、ある程度挑戦できる内部発注を増やすことで、若手が経験を積めるようにしたい。ジャプロの営業が取ってきた仕事を、ハートスのテクニカルの若手が実行する――そういう循環を、作っていきたいですね。

第6章|学びと未来 ─ M&Aを検討する経営者へ

協会 今回のM&Aで、経営者として最も変化された部分はどこですか。

前田 「飛び込まないと分からない」のは事実ですが、飛び込む前の事前準備を、もっと慎重にやるべきだと痛感しました。事前に現場を見に行く。キーマンと直接話をする。食事の場を作って、素の人柄を見る。

それらをやった上で、最後は「えいや」で踏み込む。そこは変わりません。でも、その前にやるべきことを、自分の中で体系化しなければいけない。現場の空気感――これは、情報だけでは絶対に見えないものです。

「100カ条」のように細かくチェックリスト化するのではなく、自分なりの主要な選択ポイントを、10個くらい持っておく。それが大事だと考えています。

協会 「外部の専門家を入れる」という判断について、いま振り返って、どう思われますか。

前田 どんどんやっていこう、という考えです。内部だけでは、知識の幅も広がりませんし、当然、パワーの限界もある。「ああですよ、こうですよ」と、外部から客観的に言ってくれる存在は、必要です。

協会 M&Aを検討している経営者に伝えたい、最も大事なことは何ですか。

前田 「売上や利益を楽をして上げるためにM&Aをやろうとするなら、絶対にやめた方がいい」ということです。

その会社で何をやりたいか、というビジョン。そして、そこで働く社員をどうしたいか、という思い。それがないと、やってはいけない。そこで働く社員が、単独でやるよりも幸せにならなければ、やる意味はない。

事業戦略上、必要なピースをきちんと入れる。それでうまくいけば、数字も上がってくる。ただし、そこで働く社員が「M&Aで働きにくくなった」と感じたら、ダメです。一時的にルールが厳しくなる場面はあっても、その先にあるものをしっかり示せれば、社員はついてきてくれる。経営者、買う側の独りよがりになる可能性がある――それだけは避けなければいけないと、強くお伝えしたいです。

本事例における日本PMIサポート協会の支援

対話の最後に、本事例で私たち日本PMIサポート協会がどのように伴走したのかを、改めてご紹介します。前田社長の言葉の端々に表れていた支援の中身を、私たち自身の言葉で整理したものです。

事業と管理、二つの軸を複数名で同時に支える。 ハートスHDの統合では、事業戦略を青栁が、労務・経理を含む管理部門を後藤が担当しました。買収直後の現場では、攻めの打ち手と、守りの体制整備が、同時に必要になります。一人のコンサルタントが交互に対応するのではなく、二名が役割を分け持つことで、どちらも手薄にしない伴走体制をつくりました。

社員全員の名前を覚え、対話を絶やさない。 支援は、対象を絞った面談ではなく、ジャプロの全社員へのヒアリングから始まりました。私たちは社員一人ひとりの名前と人となりを覚え、定例の1on1をはじめ、対話の機会を絶やしませんでした。「頼りたくても、頼る先がなかった」――そう振り返られた社員にとっての拠り所をつくり、決算書や給与台帳には表れない現場の不安を早期に可視化することが、統合の土台になります。

キーマンの離職後、残されたメンバーの育成まで担う。 統合の過程では、複数のキーパーソンが離職しました。私たちは、その穴を埋めるだけでなく、残されたメンバー一人ひとりの育成にも踏み込みました。誰かが抜けても現場が回り、若手が次の世代として育っていく――その状態をつくるところまでが、PMIの仕事だと考えています。

飲み会の場にも入り、信頼関係そのものを築く。 信頼関係は、会議室の中だけでは育ちません。私たちは、社員との飲み会のような、公式ではない場にも加わり、立場や肩書きを越えた関係づくりに時間をかけました。経営者一人では届かない距離を、外部の伴走者が縮めていく。それが、現場が本音で動き出すきっかけになります。

必要に応じて長期の伴走。 私たちの支援は、期間限定の半年ではありません。問題の兆候を察知すればすぐに反応し、必要なら現場に足を運び、約2年にわたって統合の現場に立ち続けました。明示的に求められなくとも、外部の目が常にある状態をつくることは、企業統治の面でも経営者を支えます。

クロージングという一点ではなく、そこから続く長い線に伴走する――それがPMIです。買収の成否を決めるのは、契約の巧拙ではなく、統合の質。前田社長のお話には、その本質が、経営者ご自身の言葉で繰り返し立ち現れていました。

私たちは、これからも経営者と共に、その長い線を歩んでまいります。株式会社ハートスホールディングス様、ならびに前田社長に、心より御礼申し上げます。

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