一般社団法人日本PMIサポート協会

M&A成功の鍵はITにあり!8割が陥るシステム統合の罠と突破法

M&A検討中の経営企画・PMI担当者の皆様、統合プロセスにおけるシステム統合の準備は万全でしょうか。PMIの現場では、人事制度や組織文化といった「人」に関するテーマが注目される一方、ITシステムの統合は後回しにされがちです。しかし、それこそがM&Aを失敗に導く最大の落とし穴の一つなのです。

経済産業省の調査でも、PMIがうまくいかない主要因として「システム統合の遅れ・混乱」は常に上位に挙げられます。ERPやCRMが分断されたままでは、データに基づいた迅速な意思決定はできず、業務効率は低下の一途を辿ります。これでは、期待したシナジー創出が実現しないばかりか、M&Aそのものが失敗に終わるリスクさえあります。

本記事では、私たち日本PMIサポート協会が数々の現場で目撃してきた失敗の本質を解き明かし、成功に導くための具体的な解決策と推進体制を徹底解説します。読み終える頃には、自社が取るべきIT戦略の方向性が明確に見えているはずです。

第1章 なぜシステム統合は失敗するのか?PMIを蝕む3つの課題

システム統合の失敗は、単なる技術的な問題ではありません。それは、組織、戦略、そして人材が複雑に絡み合った「経営課題」そのものです。多くの企業がこの本質を見誤り、乗り越えられない壁に直面しています。ここでは、シナジー創出を阻む根源的な3つの課題を深掘りします。

現状把握の困難さという「深い霧」

M&A後のシステム統合で最初に直面するのは、両社のIT環境が深い霧に包まれ、全体像が全く見えないという現実です。特に歴史のある企業では、誰も全容を把握していないサーバー群、部門ごとにバラバラに契約されたSaaS、そして“匠の技”で作り込まれたExcelマクロが複雑に絡み合っています。基幹システム(ERP)の裏側で、無数のサブシステムが動いているのです。

IT資産の棚卸しだけで長期間用した場合、経営層からは「まだ終わらないのか」とプレッシャーがかかり、現場は先の見えない状況に疲弊します。この「現状把握の遅れ」こそが、その後の統合プロセス全てを狂わせる元凶となります。霧の中で闇雲に進んでも、ゴールにはたどり着けません。

統合方針の曖昧さという「羅針盤の喪失」

「システムもいい感じに統合しておいて」——。驚くことに、多くのPMIは経営層のこの一言から始まります。しかし、具体的な方針、つまり「羅針盤」がなければ、プロジェクトという船は迷走を始めます。どちらのシステムをベースにするのか(吸収型)、全く新しいものを導入するのか(再構築型)。この最重要の意思決定が曖見なままでは、現場は動けません。

方針が曖昧なまま進むと、各部門が自部門に都合の良い解釈を始め、ITベンダーに異なる指示を出すなど、現場は混乱の極みに達します。そして統合プロセスの途中で「やはりこちらのシステムをベースにしよう」といった方針転換が起きれば、それまでの設計や開発は水の泡となり、予算とスケジュールは取り返しのつかないほど膨張します。これは、リーダーシップの欠如が招く、典型的な失敗パターンです。

専門人材の不足という「無人島での戦い」

PMIチームには、経営企画、財務、人事の専門家は揃っているかもしれません。しかし、ビジネスとITの両方を深く理解し、巨大なプロジェクトを動かせる人材は、どの企業でも極めて希少です。結果、システム統合は「専門家不在」という、無人島で戦うような状況に陥りがちです。

よくある過ちは、外部のITコンサルタントへの「丸投げ」です。自社の業務特性や歴史的経緯を理解しないまま進められたプロジェクトは、高額なだけで現場では全く使えない“無用の長物”を生み出します。かといって、社内のIT担当者に任せても、通常業務との兼務で疲弊し、十分なパフォーマンスは発揮できません。責任と権限を持つ専門の推進体制なくして、この困難な航海を乗り切ることは不可能なのです。

第2章 失敗の連鎖を断ち切る3つの解決策

前章で挙げた根深い課題も、正しいアプローチで臨めば必ず克服できます。システム統合を、M&Aの成功とシナジー創出を牽引する強力なエンジンへと転換させるための、具体的な3つの解決策を提示します。

解決策①:「ITデューデリジェンス」による徹底的な可視化

深い霧を晴らす唯一の方法は、徹底的な可視化です。これは、契約前の財務デューデリジェンスと同様に、「ITデューデリジェンス」として統合プロセスの極めて初期段階で実施すべきです。調査対象は、サーバーやネットワークといったインフラ、業務アプリケーション、データ管理体系、セキュリティポリシー、そしてIT資産の契約・ライセンス状況まで多岐にわたります。

このプロセスを通じて、「IT資産台帳」と「システム相関図」という二つの地図を作成します。これにより、どのシステムがどの業務を支え、どのデータと連携しているのかが一目瞭然となります。この客観的な地図があることで、初めて感情論や部分最適を排した、合理的な統合方針の議論が可能になるのです。現状把握は、単なる調査ではなく、成功に向けた最初の戦略的アクションです。

解決策②:事業戦略に紐づく「IT統合方針」の早期決定

羅針盤を失った船に未来はありません。IT統合の方針は、必ずM&A後の事業戦略と固く結びつけて決定されなければなりません。方針には大きく分けて3つのパターンがありますが、どれを選ぶかは「統合によって何を成し遂げたいか」によって決まります。

  • A. 買収企業主導の統合(吸収型): 迅速なガバナンス統一やコスト削減を最優先する場合に有効です。ただし、被買収企業の優れた業務プロセスまで失うリスクがあるため、残すべき機能の見極めが重要です。
  • B. 被買収企業主導の統合(逆吸収型): 買収側のシステムが老朽化し、被買収企業が先進的なシステムを持つ場合に選択します。DX推進の起爆剤となり得ますが、買収側社員への丁寧な説明と教育が不可欠です。
  • C. 新規システムへの全面刷新(再構築型): 両社のレガシーシステムを捨て、あるべき姿をゼロから追求する最も理想的な形です。莫大な投資が必要なため、「この刷新でどれだけのシナジー創出が見込めるか」という投資対効果(ROI)を明確に示し、経営の強い覚悟を取り付けることが絶対条件となります。

解決策③:経営直轄の「混成PMO」による推進体制の構築

無人島での戦いを避けるには、強力な推進母体であるPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の組成が不可欠です。重要なのは、このPMOをIT部門の下部組織ではなく、経営直轄の組織として位置付けることです。これにより、部門間の利害を超えた意思決定と、全社的な協力体制の構築が可能になります。

理想的なメンバー構成は、買収側・被買収側双方のビジネス部門とIT部門のエースを引き抜いた「混成チーム」です。彼らがハブとなり、現場の実情と経営戦略を繋ぎます。外部の専門家の知見も活用しますが、プロジェクトの主導権はあくまで自社が握る。この「自分たちの手で未来を創る」という当事者意識を持った推進体制こそが、困難な統合プロセスを最後までやり遂げる原動力となります。

第3章 成功を左右する組織と人の役割

優れた計画も、それを実行する「人」がいなければ絵に描いた餅です。経営層、PMI責任者、そして現場。それぞれの立場が自らの役割を正しく認識し、一体となって取り組むことで、システム統合は初めて成功へと向かいます。

経営層:ビジョンを語り、決断し、責任を取る

経営層の役割は、単に予算を承認することではありません。第一に、統合後の会社がITを活用してどのような価値を生み出すのか、そのビジョンを自らの言葉で熱く語り、組織の旗印となることです。第二に、統合方針の選択や優先順位付けにおいて、部門間の対立を恐れず、全社最適の観点から「決断」を下すこと。そして最後に、その決断の結果に対して、最終的な「責任」を取る覚悟を示すことです。このリーダーシップが、プロジェクトに推進力と求心力を与えます。

PMI責任者:全体を俯瞰し、対話を促進し、リスクを管理する

PMI責任者は、統合プロジェクトの総監督です。技術的な詳細に埋没せず、常にM&A全体の成功という視点から全体を俯瞰し、ビジネス価値の創出を追求します。経営層と現場、ビジネス部門とIT部門、そして社内と外部ベンダー。あらゆる関係者の間に立ち、対話を促進するハブとしての役割を担います。また、スケジュールの遅延、予算超過、情報漏洩といった潜在的なリスクを常に監視し、問題が小さいうちに対策を打つ、優れたリスクマネージャーでなければなりません。

現場担当者:主体的に関与し、変化の担い手となる

システム統合の成否を決める最後の砦は、現場です。新しいシステムを実際に使うのは、現場の従業員一人ひとりです。彼らが「やらされ仕事」として関わるのか、「自分たちの仕事を良くするための活動」として主体的に関わるのかで、結果は天と地ほど変わります。要件定義やテストの段階では、業務の専門家として積極的に意見を出すこと。そして、導入後は新しいプロセスの意義を理解し、周囲のメンバーに広めていく「伝道師」となること。会社側は、こうした現場の貢献を正当に評価し、称賛する仕組みを整えるべきです。

結論:PMIにおけるシステム統合成功への道筋

M&A後のシステム統合は、単なるIT案件ではなく、統合によって生まれるシナジー創出に直結する、極めて重要な経営課題です。その成功は、人・組織・システムの三位一体の統合プロセスによってのみ実現されます。

本記事で解説したように、まずはITデューデリジェンスで現状を徹底的に可視化し、事業戦略に基づいた明確な統合方針を早期に決定する。そして、経営直轄の強力なPMOを組成し、経営層から現場までが一貫した意志のもとでプロジェクトを推進する。これが、複雑で困難なシステム統合を成功に導くための王道です。

専門的なITスキルは外部の力を借りることもできますが、自社の未来を創るという強い意志とマネジメントは、社内の人材が担うべきです。