日本PMIサポート協会

PMIフェーズで浮かび上がる “元オーナーのやる気” 問題

1.クロージング後に寄せられるリアルな相談

経営者が引退を控え、事業承継M&A が成立。しばらくしてから、親会社側の経営企画や CFO から次のような声が届くことがあります。

「無事M&Aをクローズし、元社長と継続勤務のために業務委託契約を結んだのはいいが、技術承継や後継者育成が想定より進まない」

「報酬の決め方が手探りで、やる気を引き出せていない気がする」

こうした話を聞くたびに感じるのは、「もう十分働いた」「働かなくても良いくらいのお金はある」という心理と、「しっかりと技術を承継するまで尽力して欲しい」という買い手側の期待とのギャップです。売却資金を手にした 元オーナーにとって、残りの人生をどう使うかは切実なテーマ。高齢であれば尚更。「元気な間に家族で海外旅行に行っておきたい」という切実な願いを聞く事もあります。

一方で親会社は、技術移転やシナジー創出を急ぎたい。ここに溝が生じやすいのは当然です。

2.モチベーション設計 ── 考えられる対応策

この点、元オーナーの立場と心情を踏まえつつ、会社としての目的も達成する。そのために検討できる選択肢はいくつかあります。無論、どれを採るか、あるいは組み合わせるかは、当事者同士の合意形成が大前提ですが、解決の類型として。

即時型インセンティブ

  • 技術レシピの開示完了、マニュアル化など“見える成果”ごとにスポット報酬を支給する。

長期型インセンティブ

  • Earn-out(残余対価の分割払い)を 3 年程度に設定し、一定の下限を保証しつつ、上振れメリットも用意する。
  • 1〜3%の少数株を残し、配当で中長期的な関心を維持する。

ライフワーク支援

  • 海外旅行費補助、地元教育への寄付など、本人が望む社会貢献や趣味を会社が後押しする枠組みを設計する。

卒業をゴールに据えた KPI

  • 後継者が独り立ちした時点で退職金と共に円満退任できる「卒業」の条件ゴールを明示し、「教えるほど自分が楽になる」構造にする。

健康と安心の裏支え

  • 人間ドック全額補助や家族介護休暇など、健康・介護不安を先回りで取り除く。

3.第三者ファシリテーターが有用

ところで、報酬や役割は、数字と制度の話に見えて、実際は感情が絡む繊細なテーマです。当事者同士が直接テーブルに付くと、

  • 「これまでの功績を軽視された」と感じる
  • 「親会社の論理を押し付けられた」と受け取る
    ――といったわだかまりが残りやすいのが現実です。

そこで推奨したいのが、第三者ファシリテーターを“緩衝材”として置くこと。

  • 親会社の KPI 言語と子会社の現場言語を翻訳し、誤解を減らす
  • 守秘を担保した状況で本音を引き出し、論点を整理する
  • 合意形成プロセスを中立的に進行し、結論は当事者に委ねる

この役割は、弁護士でも、当協会メンバーのような PMI 専門家でも構いません。重要なのは、利害関係から一歩引いた立場で「空気を清浄化」できるかどうかです。

4.まとめ ── 誇りと納得が動力になる

  1. 元オーナーが納得し、誇りを保てる舞台を用意する。
  2. インセンティブは即時型と長期型をブレンドし、成果が見えるたびに報われる仕組みをつくる。
  3. 合意形成は感情のクッションが不可欠。第三者ファシリテーターを挟むことで、摩擦熱を最小化できる。

PMI を成功に導く鍵は、“数字”と同じくらい“気持ち”を扱うことにあります。もし統合プロジェクトが重苦しい沈黙に包まれたら、外部の「空気清浄機」を差し入れてみてはいかがでしょうか。